やだ


わたしのこと不幸にした人間が

しあわせそうに過ごしてるのがすごく嫌

不幸になれよ

どん底に突き落としてやりたい



.

愛が重い≠ノついて

たまにはまともな話をしようと思う。


- -

今まで生きてきて 好きな人ができて
付き合って 別れて … っていう過程の中で

私がいちばん言われてきたセリフが
「重い」でした。


たぶん、カップルが別れる際の口実に
いちばん使われる言葉でもある気がする。

単純な疑問。


重いってなんだ?


「重いから別れよう」って
めちゃくちゃ失礼じゃないですか??

私は生きてるし あなたも生きてる。

その中で出会ったわけじゃん。

有限である時間≠自ら削って
それでもふたりでいる決意をしたわけじゃん。


当たり前のことだけど
私≠チていうニンゲンは
この世にひとりしかいないわけです。

逆にあなた≠チていうニンゲンも
この世にひとりしかいないでしょ。


命も時間も無限じゃない。
愛は無償で貰えるものじゃない。

命にも 時間にも 愛にも
お金や地位や常識なんか比べ物にならないくらい
そうとうな価値≠ェあるわけです。


軽い愛なんてこの世に存在しないと思う。

軽いのならそれは愛≠カゃなくて欲≠ナす。


- -


少し前に 某質問サイトで

『彼女の愛が重くて
うざいから別れたいのに引き留められる』

っていう質問を貰いました。

正直、心の底から 馬鹿じゃねえの?と思った。


自分を好きだって言ってくれる人 や
去ろうとしたら追いかけてくれる人 が
存在する 有り難さを知って欲しい。
だいじにしてほしい。

できないなら、お前は一生独りで生きて
誰にも気付かれないまま独りで死んでいけ

と思う。


わけです。



- -

今 恋人に対して
「コイツ重いな、うざいな、別れたいな」
って考えがある人には

是非一度考え直してもらいたい。


軽い愛なんて存在しません。

人生だからね。





- -

なんて 何処の誰かも分からないような奴に
言われても なんだけどね。


何処かの誰かたったひとりにでも
届くといいなあ。



.

おはようございます

きょうもわたしは

わたしのかなしみでせいいっぱいです

ごめんね

ごめん


私が生きていることが不快だと思う人がこの世界には少なからず居るはずです


そうじゃなくても

私のSNSで発した言葉に対して や 私の軽率な行動に対して

迷惑だな と思う人が
毎日たくさん居るはずです


今日も他人に迷惑をかけて生きました

おかげで私の今日は
とても汚く 醜く 美しいものになりました

腕から流れる真っ赤な血が

すごく綺麗だ


いいよ

不安なんて数え出したらキリが無いんだ
不満だって言い出したら
十年はあっという間に過ぎる

山ほどありすぎて塵にすらなってしまいそうな
負の感情たちを
抱え込むので精一杯なの


嬉しいとか 楽しいとか
そんなのすぐ消えちゃう

悲しい苦しい悔しい腹立たしい
自分を痛め付ける感情の方が
ずっとずっと長く生きる


わたしはわたしで精一杯なのに
他人の悩みとか苦しみまで背負えるはずない

でもそれはきっと他人だってそうで


でもわたしはたすけてほしくて

でもそれはきっと他人だってそうで


でもでもでもって

結局いつも言い訳して逃げて


馬鹿だなあ



助けてって素直に言えない自分が嫌い
せっかく差し伸べてくれた手を振り払ってしまう自分が嫌い
優しさすら凶器だと思ってしまう自分が嫌い

わかんない


嫌いなのに 誰よりだいじで
誰より想ってて
誰より甘やかすし誰より与えてる

なんで



もっと素直に生きたい
優しくなりたい


ほらこうやって
感情と一緒に ときどき 涙が出る


生きてるんだなあ

体も 、こころも



腕を切れば血が出るし

毎日こころは痛い



まだ生きてるんだなあ

ちゃんと

かは わからないけど



いつ生きるのを辞めようか



もう正直
誰がだいじとかどうでもいいんだよな

だって

わたしはわたしがいちばんだいじ


ごめんね

わたしのことだいじだって
思ってくれてる人がもしいるなら

ほんとにごめんなさい


わたしは あなたよりも わたしがだいじです



だからわたしは
わたしのタイミングで

この命を終わらせます


病気で死ぬのも 寿命で死ぬのも嫌だ

終わりがわかんないなんて嫌だ





もともとは
ただ愛してほしかったんだと思う

だれかに

ちゃんと愛されたかった


家族はきっとわたしのこと愛してるけど
それはもちろん嬉しいけど

そうじゃなくて


他人に愛されたかった


傲慢だって気付いたからもう要らないや


自分すら愛せない奴が他人を愛せるわけないし
他人を愛せない奴が他人に愛してもらえるわけない


小学校か 中学校か忘れたけど
先生が言ってた

「して欲しいことはまず自分がしてあげなさい」


の意味が
21年目にしてやっとわかった気がする



愛してほしいなら愛さなきゃいけない

たぶんそれは
他人を じゃなくて 自分を



だからもう諦めた

わたしはわたしを愛せないから


もういいよ




わかんないね

何が言いたいのか



だれもわたしのSOSに目もくれない
耳も貸さない

と思ってたけど


たすけて

って


声に出して言わなきゃ

だれの耳にも届かないんだな



大きな声を出せる奴が上に立つ世界

いつだって
小さな声しか出せないわたしには
向いてなかった



いいよ

別に



何も無いよ




もういいよ 、ぜんぶひとりごとだよ

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