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ゴルハムさんの一周忌

今日、ゴルハムさんの一周忌をしました。

指定したわけでもないのに、偶然にも仕事は休み。
しかも、一年前と同じ、2連休です。

なので、充分に準備をすることができたので、
ゴルハムさんを埋めた庭の草むしりもして、部屋の掃除もして、好物も買ってきました。
インゲンとイチゴだけは見つけられなくて、買うことが出来なかったけど。

供養ってなんだろうってずっと考えてるけど、忘れないのも、忘れるのも、供養なんだろうなぁ。

ゴルハムさんの四十九日

今日 11月9日
ゴルハムさんの四十九日でした。

無理に指定休を取ったわけじゃないのに、仕事は偶然にも休み。
ゴルハムさんは本当にいろいろと気を回してくれるなぁ。

部屋でお線香を炊いて、庭のお墓に手を合わせて、お寺に手を合わせに行ってきました。
今年一番の大寒波。
ゴルハムさんは寒いの気にしないハムスターだったからなぁ。


部屋に置いていたケージを、ようやく片付けることが出来ました。
ケージの中に敷いていた床材を集めていると、ゴルハムさんのかじった新聞紙や、固くなった糞がコロコロ出てきて、もう何を理由に流れるのか分からなくなってきてる涙までまた出てきました。

最近、「今泣いてるのは、いないのが悲しいんじゃなくて、ゴルハムさんがただ愛しいだけなんかなぁ」なんて思ってます。
すべての愛情がハムスターに向かっていた女はこういう感じです。


食べきれなかったたくさんの餌も捨てました。
開封していない床材やトイレ砂はどうしようかな。
ハムスターを飼ってる人にすべて譲りたいんだけど、周りにいなくて困る。
ゴルハムさんを買ったペットショップに渡してこようかな。
ただの納品。


「ゴルハムさん」の話題で書くブログはこれが最後です。
ゴールデンハムスターは永遠です。

ゴルハムさんクッション

「minne」で注文して作ってもらったゴルハムさんミニクッションが、ゴルハムさんの月命日に届いたよー!

四十九日が過ぎたら、ゴルハムさんのケージとかを片付けようと思ってるんですが、その代わりに、なにかずっとそばに置いておけるようなものが欲しくて。

一番お気に入りの写真で作ってもらったんですが、裏の生地もふわふわの手触りで、ゴルハムさんを撫でているかのような気持ちになって、また線香をあげながら泣くっていうね、
何したって結局泣くのかっていうね、もうね、知らん。

ゴルハムさんの初七日

早いもので、ゴルハムさんが旅立って、1週間が経ちました。

私は元気です。
食べているし寝ています。


小さな身体で3ヶ月も病と闘ってくれたこと、
その最期をしっかり看取ることができたこと、

この2つが私のなかで本当に大きくて、
「これでペットロスになっていたら、ゴルハムさんの気持ちが無駄になる!」と思い、泣くのは1日だけにして、それからは楽しかった思い出を思い返すようにして過ごしています。

そんなふうに過ごしているせいか、
いまだにケージは部屋の真ん中にあるし、餌を用意しているし、部屋の照明は薄暗いし、テレビの音量は小さいし、殺虫剤は撒けないし、「おはよう」「ただいま」「おやすみ」の挨拶をしちゃうし、部屋の温度と湿度が気になるし、残業することになると「あ、ゴルハムさんの餌を頼まなきゃ…」と考えたりして、「そっか、もういないんだった」と思い出して、うぐっ となっています。
毎日があんまり変わってない、というより、変えたくないのかなぁ。

たぶん、ケージを片付けた時、本当にいなくなってしまったことを実感するのかもしれません。


ゴルハムさんのトイレが線香立てにピッタリです。ごめんね。

私とゴルハムさん。

今から綴るのは、私とゴルハムさんの、最初と最期のお話です。

面白いことは何も書いていない上に、非常に非常に長いです。
その当時の恥ずかしい感傷もつまらない言動も、すべてありのままそのままに書きました。

あの時あったこと、感じたことを書いておかないと、今こんなに鮮明に覚えていることでも詳細なことは忘れてしまうだろうし、
こうしてブログで公開することで、私のハムスターが生きて、たしかに存在していたということを、膨大なネット情報の中に遺しておきたいと思ったからです。


よろしければ、気持ちの吐露にお付き合いください。


ハムスターを飼おうと思い始めた頃、私は仕事の都合で一人暮らしをしていて、早2年が過ぎていました。
最初は気楽だった一人暮らしでしたが、だんだんと誰もいない部屋に帰ることが寂しくなってきて、何かペットを飼いたいと考えるようになりました。
ハムスターを選んだのは、ペット禁止のマンションでも問題なく飼えること、夜行性なので、仕事がある日中はほったらかしにしておけること、そして寿命があまり長くないということが、その理由でした。
いつまでもここで一人暮らしをするわけではない、いずれ実家に戻る時が来るのは分かっていたので、犬や猫とは違い、「寿命が長くない」ことが、飼うには都合がよかったのです。
今思えば、寿命というものをなんて軽く考えていたのかと、本当に恥ずかしくなります。

飼うハムスターはノーマルカラーのゴールデンハムスターだと決めていました。
ゴールデンハムスターという品種が、初心者でも飼いやすいことと、まるっとした見た目がとても可愛かったこと、それにハムスターといえば、やっぱりこのカラーリングだろうと単純に思ったからです。

ハムスターの中でも身体の大きなゴールデンハムスターが快適に過ごすには、最低60cm幅の大きなケージが必要だと調べました。
金網のケージはかじったり、登ったりすることで怪我をしやすく、
ガラスのケージは湿気が籠りやすく、持ち運ぶにはかなり重い。
一般的に販売されているケージでは気に入ったものがなく、こだわるには、自分で作ろうという選択肢になりました。
蓋は通気性がいいように、世話がしやすいように、網を開閉式にはめ込もう。
外から可愛い姿が見やすいように、透明なアクリル板を側面につけよう。
まだお迎えもしていないのに、まだ見ぬハムスターを入れるケージを、衣装ケースをカッターでくりぬいて作りました。

衣装ケースで作ったケージを車に乗せ、実家を出て、マンションに帰るまでの道中にある一番近いペットショップに向かいました。
時刻は夕方。ハムスターは夜行性なので、活発な姿がみたいなら、夕方以降に行くのがオススメだと書かれているのをネットで読んだからです。
そこのお店で、ハムスターは小さな虫かごのようなケースに入れられていました。
かなり老舗のお店なので、正直言ってチェーン店のようなキレイなペットショップではありません。

お目当てはノーマルカラーのゴールデンハムスターのオスでした。
大好きな山田孝之にちなんだ名前を付けたいと考えていたからです。名前の候補は多摩雄。

小さなケースの中で、隅に置かれているエサ皿からリンゴをかじっているハムスターを見つけました。

ゴールデンハムスターのノーマルカラー。
このお店にいるノーマルカラーはその子だけでした。

「すいません、ゴールデンハムスター探してるんですけど」
ペットショップのおじさんは、店内から長毛の子や珍しい牛柄の子を連れてきてくれましたが、私はやっぱりノーマルカラーが一番可愛くみえました。

「このノーマルカラー、男の子ですか?」
おじさんはノーマルカラーの子をムズッと掴んでひっくり返すと、
「これはメスやね」
メス、メスなのか。
オスを飼いたいなら、ここを出て、ほかのペットショップを見てもいい。もう少し先に、新しく出来たペットショップもある。何より、今日絶対に買わなければならないわけでもないのに。
それなのに、私はそのノーマルカラーの子から目が離せませんでした。

「触ったりしないので、ケースに手だけ入れてみていいですか?」
仲良くなれるハムスターを選ぶ方法の1つに、手をケースに入れてみて、興味を示すかどうかという判断方法があるそうです。
なぜかどうしても生理的に合わない匂いというのが動物にはあるようで、ハムスターは鼻が敏感なので、「この人は合わない」という場合、まったくその手に興味を示さなかったり、酷いと噛みついたりしてくるそうです。

そっとケースに差し入れた指先を、そのノーマルカラーの子は、クンッと嗅ぎにやってきました。

この子にしよう、と決めた瞬間でした。
2014年9月17日
それがゴルハムさんとの出会いです。


ノーマルカラーの女の子を持ち帰り用の箱に入れてもらっている間、ハムスター用の小さなケースがレジカウンターの隅に置かれているのに気がつきました。

『飼育用具を当店でご購入いただくと、無料でさしあげます』と貼り紙がされたそのハムスターは、こちらに背を向けて丸まっていました。
ゴールデンハムスターのノーマルカラーでした。
生まれた日をみると、1年近く過ぎています。

ほかの動物もたくさんいて、決して静かではない店内で、そのハムスターは本当に動きませんでした。
ペットショップの小さなケースの中で、すでに1年過ごしているそのハムスターは、あとどれだけここにいることになるのだろう。
受け取った小さな紙箱の中で、今購入した子がカリカリと爪を立てる音がしました。

車の助手席に紙箱を置いて、マンションへと車を走らせました。
道中、ずっとカリカリとしていた音が、次第に大きくなってきました。
確実に紙を食い破る音です。
運転しながら助手席を確認すると、完全に端のほうからハムスターの鼻先が見えます。
なんという咀嚼力。
慌てて後部座席に積んでいた出来立ての手作りケージに紙箱ごと放り込みました。
次に信号で停まった際、後ろの様子を伺うと、完全にハムスターが丸だしでした。何も入っていないケージ内をウロウロしています。
これはとんでもないお転婆ハムスターかもしれない。
この最初の印象から、私のゴルハムさんの印象は変わっていません。

最初の一週間は、新しい環境に慣れるまで、そっとしておくのが鉄則ですが、あまりにくしゃみを連発しているハムスターに、床材にしている針葉樹チップのアレルギーが考えられたので、
せっかく匂いがつき始めたケージからハムスターを追い出して、床材をすべて入れ替え、ふりだしに戻るという最悪なスタートを切りました。


名前も、なかなか思い付きませんでした。
「ハムスターは名前を覚えない」というのは本当で、なんと呼んでも反応します。
凝った名前をつけるのがなんだか恥ずかしくて、女の子なのに、「ゴルハム」というあまりにそのままで、尚且つ力強い名前が定着しました。
ここ最近は、「ゴッチャンチャン」「ゴッチャムキン」というアダ名呼びになっていました。本名より長いアダ名です。
やはりゴルハムさんはどう呼んでも反応してくれました。

サイレントホイールをつけたはずなのに、夜中に爆音を響かせながら走るし、カーテンを後先考えずぐいぐい登っていくし、巣箱にまったく入らないし、給水ボトルから水が飲めない。
手のひらでウトウトとして寝ちゃう、なんていうことは一切なく、離せ離せ出せ出せ遊ばせろ遊ばせろと、じっとしていることがまったくない子に育ちました。

初めて間近でみた毛繕いする姿が神憑り的に可愛くて奇声を発したこと、
餌を手渡しする時、初めてきゅっと小さな手が私の指を掴んだ時の感動、
同じことなんてない毎日。

「私のことをちゃんと認識してるのかしら」と思うことも多かったですが、それでも1年経つと、なにかしてほしいことがあれば私の足元までやってきて、小さな手でカリカリと引っ掻いてみたり、すごい力でぐいぐいと足を登ってきて、腕にすがりつくようにするのは「別のところに連れ出して」の合図だったり。
やってほしいことも分かるようになってきたのが本当に嬉しくて本当に可愛くて、ハムスターという生き物が本当に大好きになっていきました。


快適に、楽しく、幸せに過ごさせてあげたい。
私なりに一生懸命この小さな命と向き合ったつもりです。
それでも、もっと上手な飼い方があったんじゃないかと、考えないわけではありません。
どうしてハムスターはこんなに寿命が短いんだろう。
小さく早くトクリトクリと動くゴルハムさんの心臓の鼓動は、寿命が短いと言われる小動物のそれなんだと、抱き上げる度に感じました。
最初の頃とハムスターの寿命に対しての思いはまったく違うものになりました。
私にとって、ゴルハムさんがいることはもうかけがえのない生活の一部でした。


2016年6月22日に余命1ヶ月の宣告を受け、本当に本当に頑張ってくれて、8月1日に無事2歳の誕生日を迎えることが出来ました。
8月16日に決死の覚悟で腹水を抜き、食欲も復活し、まるで以前に戻ったかのようでした。
奇跡だと思いました。
9月17日、ゴルハムさんと出逢った記念日をお祝いしました。


2016年9月21日、
たまたま取れた2連休の初日。

私は映画館へ「君の名は。」を朝イチで観に行きました。
お昼は母親とランチをして、午後は甥っ子と遊んで、15時頃、ゴルハムさんのいる自室に戻りました。
いつもは寝床で丸まって寝ているゴルハムさんが、這い出る途中のような格好で身体を寝そべらせたまま、こちらに顔を出していました。
鼻先に餌を持っていっても、目を開けることもせず、顔を背けます。

トイレの砂が、昨日の夜に取り替えたまま、未使用の状態でした。

今まで、ゴルハムさんはどんなに身体が重くても、つらくても、オシッコが出なくても、『トイレに行く』という行為はしてきました。
ハムスターは本能で、習性で、自分の寝床をオシッコで濡らす(匂いが巣について、敵に見つかりやすくなる)ということを絶対的に嫌う生き物です。
そのゴルハムさんがもうトイレにも行けていない。


これはあかん

そう感じました。

呼吸で微かに上下する小さな身体から、聞いたことのない音がしていました。
私の思い込みかもしれないし、本当は私のお腹が鳴ってる音だったのかもしれません。
それでも私には、水がコポコポと移動する音のように聞こえました。


それから3時間、ゴルハムさんはそこに横たわり続けました。
目は閉じているけれど、寝ているのではなく、もう開けることさえままならないようでした。
私はそれを眺めながら、気付けば途中1時間は寝落ちしていました。

18時過ぎに夕飯を食べ、また部屋に戻りました。
ゴルハムさんはまだ同じ格好でそこにいました。

19時半頃、ゴルハムさんがゴソゴソと動き出したので、ケージを覗くと、トイレに行こうとしていました。
あぁ、まだ大丈夫。
少しだけ安心しました。
しかしなかなか思うように身体が動かないようなので、ゴルハムさんをお尻から押してあげようと手を添えました。

ヒヤリとしたその身体の冷たさに、ギョッとしました。

生きている動物とは思えない冷たさに、パニックになって、思わずゴルハムさんを手のひらに乗せました。
冷たい
ゴルハムさんのお腹は、ほとんど腹水で膨れてしまっていて、体液とはいえ、それは身体を冷やしていく水だったのかもしれません。

手のひらで温めようとすると、ゴルハムさんが嫌がるように逃げ出そうとしました。
「待って待って、あかん、あかんて」と声をかけていると、手のひらに水気を感じました。
ゴルハムさんが堪えきれずオシッコを出したからです。
トイレに行きたくて身体を起こしたのに、私に捕まってしまって、手のひらでオシッコなんて出せないと、嫌がってくれていたのに。
本当に可哀想なことをしてしまいました。
このことは、最後の後悔です。


オシッコを出したあと、ゴルハムさんの身体をどうにか温めなければと、ゴルハムさんをベッドに下ろし、毛布で包んで、カイロを取りにいきました。

温めている間、小さくシャックリをするように、身体が痙攣しています。
もう自分で身体を動かすことは出来ないようでした。

指先で撫でながら、ずっと声をかけました。

ごめんねではなく、ありがとうを、たくさん伝えました。


私に最期を看取らせることができる日。
明日も私は休みだから、ちゃんとしっかり埋葬をしてあげられる日。
1日中泣いていても大丈夫な日。
考えられる中でも、最期を迎えるのには一番最良の日。

余命宣告を受けて、ちょうど、3ヶ月。

腹水を抜いた時に出来てしまったおハゲは綺麗に治り、お手入れ自慢の毛並みが生え揃った本当に美しい姿で、眠るように。

2016年9月21日

まるですべてを理解し、この日を選んだかのように、ゴルハムさんは息を引き取りました。


可愛くて賢い私のハムスター。




ゴルハムさん、
一緒にいてくれてありがとう。
こんなに頑張ってくれてありがとう。
私を相棒に選んでくれてありがとう。
たくさんの思い出をありがとう。

今、ようやく不自由やった身体から飛び出して、好きなところで好きなことが出来てるんやろなって思うと、正直少しホッとしてるところもあるんよ。
ゴルハムさんがいてくれた毎日はほんま楽しかった。
私らの735日はやっぱ短かったけど、幸せで愉しい思い出ばっかりやわ。
また泣いてるわぁって思ってるかもしれんけど、心配はせんでも大丈夫やしな。
でも時々は遊びにきてな。


ありがとう
ゴルハムさん
またね。
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